2009年11月14日

バイク便のお爺さん

 今年になっていろいろと気づくことがあり、反省というほど肩肘張った改まったことではないが、見えてきた場面がある。
 そのうちの一つに、以前の職場での一場面がある。昼は主にビルの設備管理をし、夜はそれに加えて、受付対応をしながら、中央監視室で働くという仕事だったのだが、よくバイク便の人が、テナントに入っている出版社にやってきた。その中の一人に、高齢のお爺さんがいた。バイク便は、比較的、若い人が多い。そのお爺さんは、いつも丁寧に挨拶してくれる人だった。ビルに出入りする人の中には、受付など無視して、入館記帳すらしない人が多い中で、珍しく丁寧な人だった。しかし僕は次第に、そのお爺さんの丁寧な挨拶が鬱陶しくなってきて、無視をするようになっていった。
 あの頃の僕は、いったい心が、どこを向いていたのだろうと思う。
 今、僕は、本当に、生き直すことができるなら、その頃に戻って同じ受付に座り、配達に来たお爺さんに丁寧な挨拶を返し、来る度に一言でもいいから、愛のある言葉をかけたいと、焼け付くような気持ちで思うのだ。
 人がこの世に生を受けたのは、人生を真の意味で楽しむことが一つ。そしてもう一つは、人に親切にすること。ことばを変えて言うなら、人に喜ばれる存在として生きること。この二つである。本当に大切なのは、この二つだけなのである。そのことを今年、僕は、小林正観さんから、斉藤一人さんから、そして五日市剛さんから、学んだ。
 こうすべきだという教条ではなく、僕は今、魂で、本当に、人に喜ばれる存在になりたいと強く思っている。
 もう、僕の前に、あのバイク便のお爺さんは来ない。
 今、僕が優しい言葉をかけてあげられるのは、今の職場で出会う人である。だから僕は、今は、職場に行くのが楽しいし、生きているのが嬉しいのである。
posted by 老荘風徒 at 06:17| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月10日

文学的な旅

 友人二人と、先週の土日に、熱海へ行ってきた。僕は平日に旅行することが多いのだが、土日にしたのは、二人の都合に合わせたのである。二人は、かつて統一教会にいたころの友人で、今も親交が続いている。
 9時半に、新宿駅で待ち合わせをし、小田急で小田原に行き、そこから熱海へ、さらに熱海で伊東線に乗り換えてすぐ隣の駅、来宮へ行った。
 来宮神社の近くにある、佐々木信綱が住んでいた家を訪ねたのである。凌寒荘と言い、土日のみ無料公開をしている。ボランティアのおじいさんが、丁寧な説明をしてくれた。
 佐々木信綱といえば、「ゆく秋の 大和の国の薬師寺の 塔の上なる一ひらの雲」が、あまりにも有名である。僕ですら、これは、諳んじることができる。
 その後来宮神社に参拝し、宿を取っている金城館に行った。風呂に入ってさっぱりした後、この春にも訪れた起雲閣に行った。
 夜は、スピリチュアルな話に花が咲いた。
 チェックアルトが12時なのも、のんびりできてよかった。
 当初は予定していなかったが、駅への道すがらに、坪内逍遥が暮らしていた双柿舎というのがあることを知り、立ち寄った。
 特にそう目論んだわけではなかったが、結果的にはとても文学的な旅になってしまった。熱海は、文人墨客に好まれるところなのだろう。

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佐々木信綱旧居

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起雲閣の二階から庭を見る
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2009年11月04日

ツイてる神社に行ってきた

 今日、仕事明けに、地下鉄の一日券を買い、ツイてる神社に行ってきた。
 東西線の南砂町駅から、歩いて行った。
 11時が開店だということなので、時間はたっぷりあった。
 砂町銀座という通りに面した小さな店だった。店の中の一角に、ツイてる神社はあった。
 副神主の男性から、大宇宙エネルギー療法の手ほどきを受けた。
 水晶を授かり、CD一枚と、小雑誌の束を受け取った。お金は、2000円かかるが、まったくのボランティア価格である。
 僕は、今日の一番乗りだったが、すぐにいろいろな人がやってきた。僕がいたのは、一時間半ほどだったが、その間に、だいたい20人くらいはきたのではないかと思う。
 皆、斉藤一人さんの本を読んだり、CDを聴いたことのある人たちばかりだった。僕のように、大宇宙エネルギー療法士を志望してきた若者もいた。
 副神主の長谷川さんから、僕は手ほどきを受け、すぐに、そのあと、三人の女性に、大宇宙エネルギー療法をやってみた。相手の体には触れず、エネルギーを注ぐのだが、気功と違い、僕の力などではなく、僕はただ、大宇宙エネルギーを通過させるパイプになればよいのだった。
 ツイてる神社にお参りをすると、おみくじを引くことができ、スタンプも押すことができ、おみくじと同じ言葉の書いてあるミニ版の紙を、自分に与えられた、「今日はいい日だ」よくなる参り、と書かれたピンクの紙(これがスタンプ帳になっている)に貼り付ける。おみくじの言葉は、皆斉藤一人さんの言葉で、仏教的に言えば、一転語である。短い言葉だが、とても参考になる、人生に役立つ言葉が書かれている。
 帰りは、神楽坂を少し散策し、帰宅した。
 夕方、実家に電話をしたら、母がちょうど体調不良だというので、大宇宙エネルギー療法の、遠隔療法をしてみた。その後、父から電話があり、良くなったと言っていた。グッドタイミングだった。
 ツイてる神社は、お賽銭を入れるところもなく、全部無料で、感謝だった。「無償の愛が一番強力なんだよ。この世で一番パワーがあるのは無償の愛なんだよ」という一人さんの言葉を味わっている。
posted by 老荘風徒 at 21:02| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月30日

生涯最高の年

 世界三大霊訓(『シルバーバーチの霊訓』、アラン・カルデックの『霊の書』、モーゼスの『霊訓』)をはじめ、一流の霊界通信とスピリチュアリズム入門書が無償で全文掲載されているサイトを発見し、喜んでいる。
 かつてシルバーバーチは読んだことがあるし、アラン・カルデックも、幸福の科学出版から出されている「天国と地獄」は読んだ。
 ネットで無償で読めるというのはまことにありがたい話で、本当に感謝感謝なのだが、やはり、本、書籍という形で、良いものは手元に置いておきたいので、近いうちに、お金の目処が立ったら、少しずつ買って行きたいと思っている。
 高級霊の波動というものを、本当に久しぶりに感じることができ、また、キリスト教に関しての言及も、普段から僕が感じているものに極めて近く、とても親近感を持った。親和性が強い。
 今年は僕にとって、ものすごい年だった。まだ終わったわけではないが、非常にエポックメイキングな年だった。この世的には成功とは程遠いのだが、霊的には実りが多く、生涯最高の年である。
posted by 老荘風徒 at 18:52| Comment(0) | 宗教・思想・哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月26日

秋の夜長にソローを読む

 秋の夜長に、ヘンリー・デイヴィッド・ソローを読んでいる。まったくゆっくりとしたペースで、一字一句を味わって読んでいる。
 ソローの、代表作『ウォールデン-森の生活』を読みながら、静かに生きる幸せを噛み締める。
 ソローと言えば、他に、『生き方の原則 魂は売らない』『コッド岬 海辺の生活』『月下の自然 夜の散歩と思索のエッセイ』などがあるが、今後は、機会が許せば、そうしたものも読んで行きたい。
『ウォールデン-森の生活』だけでもかなりの分量なので、いつになるかはわからないが。
 まだ読み始めて間もない(分厚い本なので、なかなか読む決心がつかなかった)が、印象に残ったいくつかの文を紹介したい。
「体に合わない服を無理に着れば、継ぎ目がほころびます。自分に合ったものだけが、真に役立つのです」
「知恵を愛し、知恵が示すとおりに、簡素に自由に、寛容に誠実に生きる人が哲学者です」
「暮らしに必要なものがあれば、それ以上手に入れても、余り物の山を抱えて暮らすだけで、ばかげています」
「私たちはふたつの永遠、すなわち過去と未来の合わせ目にある、今、を生きています」
「なぜ人々は、たくさんある素晴らしい人生を無視して、一つの型にはまった人生を評価するのでしょうか」
 ソロー以外で最近読んでいる本は、川端康成だ。「伊豆の踊り子」を読んで涙を流したと、臆面もなく告白しておこう。
posted by 老荘風徒 at 23:25| Comment(0) | 人生観 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月21日

何とか、乗り切る

 翌朝は、二度ほど、給湯ボイラーが着火してくれた。しかし、それは何度か試した中の偶然であり、また不着火を繰り返すので、やはり、貫流ボイラーに頼るしかなかった。
 朝までのあいだに、ストレージタンクのチューブ内のドレンはすべて排出し終えていた。この状態で、バイパスバルブを閉め、貫流ボイラーを起動させた。温まりは早いと思われたが、またしてもなかなか温まらない。充分に温まらない迷いの中で、バイパスバルブを少し開いた。この状態でドレンを逃がしながら対応するしかなかった。
 高校野球部の団体客が、朝風呂に入らずに早朝出発してくれたことが幸いした。
 多少、湯温は低いものの、何とか給湯することができ、大きなクレームもなく乗り越えることができた。
 ホテルは、一年間休みなく営業し、対応も24時間である。目に見えないところで、いろいろなことが行われているのである。
posted by 老荘風徒 at 00:08| Comment(0) | 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月20日

スチームトラップも不具合なんて

 給湯ボイラーをあきらめ、貫流ボイラーのみでの給湯となったのだが、ストレージタンクのスチームトラップの調子がかんばしくないため、湯温がなかなか上がらなかった。
 ちなみに「トラップ」とは、「機器、配管などからドレンを自動的に排出する自力式のバルブの総称」のことで、自動弁の一種である。スチームとは蒸気のことだから、蒸気の中からドレンだけを排出して蒸気を極力漏らさないために、このスチームトラップが付けられる。
 蒸気とは、高温高圧下で水が気体になった状態のことで、仕事を終える(=潜熱を放出する)と凝縮してドレンになるが、ドレンには蒸気本来の仕事をする能力はない。そのため、蒸気輸送配管内でも、熱交換器内でも、ドレンは速やかに排除すべき対象ということになるわけである。
 スチームトラップは、貫流ボイラーにも付けられているが、こちらのほうは、大丈夫なようだった。
 ストレージタンクのほうのスチームトラップが充分にドレンを排出しきれず、そのため蒸気の仕事量が落ち、容易に水が温まらなかったというわけである。
 仕方なく、バイパスのバルブを開け、つまり手動で、潜熱を放出し終えた結果のドレンを、排出した。一気にドレンを放出すると、激しいウォーターハンマーが発生する怖れがあるので、慎重に操作した。
 蒸気に携わる者の心得として「ウォーターハンマーが発生したらすぐにバルブを閉じよ」「バルブはゆっくり操作せよ」とよく言われるが、それを実行したのである。
 バルブ操作により、冷たくなったドレンを少しずつでも排出したことで、また、少しずつ、ストレージタンクの温度が上がってきた。しかし40度がせいぜいのところで、それ以下になることもあった。そんなことを繰り返すうちに、いくつか苦情を受けながら、何とか深夜まで乗り切った。
 翌朝の風呂のことを考えると、なかなか寝付けなかったが、深夜2時半頃にはソファの上に体を横たえた。
posted by 老荘風徒 at 20:12| Comment(0) | 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月15日

ボイラーが動かない

 少し前のことになる。
 10日のことだから、先週の土曜日である。一人勤務で、24時間の勤務だったのだが、大浴場にお湯をためているときに、給湯ボイラーが何回も不着火を起こし、そのたびに止まってしまった。たいがいはリセットをすれば、再運転して問題ないのだが、この日は、何度も不着火を起こし、ついに僕は、もう一つのボイラー、貫流ボイラーを起動させた。ところが、こちらも、偶然が重なったのか、ストレージタンクの蒸気トラップの調子が悪く、なかなか温まらない。この日は、高校の野球部をはじめ、団体客も多く、大量のお湯が必要だった。ストレージタンクにお湯がたまらなければ、大浴場だけでなく、客室のユニットバスなどで、一斉にお湯を使われたら、たちまちお湯がなくなり、クレームの嵐となるのは必至だった。
 昼間もかなりハードに仕事が立て込んでいたが、夕方からは、給湯の対応で休む暇がなかった。
 22時ごろには、給湯の温度は、34度にまで下がり、これでは、大浴場にお湯を足せば足すほど、湯温が下がってしまう。
 何度リセットをしても、給湯ボイラーは不着火となるため、ノズルの清掃をした。しかし、それでもだめだった。
 ついに、給湯ボイラーはあきらめることにし、貫流ボイラーだけに頼ることにしたが、ストレージタンクの蒸気トラップの不具合からが、タンク内の湯温は下がるばかりだった。
 この続きは、次回。
posted by 老荘風徒 at 21:40| Comment(0) | 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月12日

「自分に無いものを嘆くより、有るものを喜ぼう。
 暗いことを考えるより、明るいことを考えよう。
 イヤな人のことを考えるより、好きな人のことを考えよう。
 自分の欠点ばかり考えずに、長所のことも考えよう。
 悩んでばかりいないで、幸せになれることをしよう。」
 これは、ドイツの格言だそうである。
 幸福に目を向けた分だけ幸福になり、不幸に目を向けた分だけ不幸になるのかもしれない。
 もちろん世の中には不正や不条理があり、それらに目を瞑れというわけではないが、数え上げてみれば、感謝できることは山のようにある。個人の幸福としては感謝できることを数え上げ、自分の心をまず明るく保つことが、個人の幸福を追求しているようでありながら、他者にも光を投げかけることになるように思う。
 そのような利自即利他こそが、道のような気がしてならない。
posted by 老荘風徒 at 22:12| Comment(0) | 人生観 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月08日

ああ勘違い、漏電ブレーカー

 朝7時半頃、ホテルの機械駐車場が動かないというクレームがあった。真っ先に疑ったのが、漏電ブレーカーである。
 案の定、漏電ブレーカーがトリップしていた。つまり、ブレーカーのハンドルが、ONとOFFの、中間でブラブラの状態になっていた。
 さて、これをONに投入したつもりが、入らず、入らないため、何を思ったか、OFFのほうに投入してしまった。OFFの場合は、OFF表示が出るのだが、勘違いをしてしまったのだ。
 これでは、機械駐車場はまったく動かなくなる。交代勤務の者が来て、指摘され、気づくという有様。設備関係の仕事を、15年もしているのだから、普通に考えれば恥ずかしいことである。
 ON側に投入した場合、漏電時に飛び出す黄色いボタンも、引っ込むのだが、そんな当たり前のことも一時的に忘れていたようだ。投入できないのだから、そちらがOFF側だと思い込んでしまったのである。
 ON側に投入できないのは、漏電し続けているからであり、その原因を取り去らなければ、当然漏電ブレーカーはリセットされない。
 まったくもって初歩の初歩の話である。
 機械駐車場近くの分電盤に、個別のブレーカーがあり、そちらを全部OFFにすることで、メインの漏電ブレーカーを、復旧することができた。あとは、どの機械が怪しいかを個別に当たった。
 仕事を終え、帰るときには、台風一過の青空が綺麗だった。
posted by 老荘風徒 at 17:50| Comment(0) | 仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする