そのうちの一つに、以前の職場での一場面がある。昼は主にビルの設備管理をし、夜はそれに加えて、受付対応をしながら、中央監視室で働くという仕事だったのだが、よくバイク便の人が、テナントに入っている出版社にやってきた。その中の一人に、高齢のお爺さんがいた。バイク便は、比較的、若い人が多い。そのお爺さんは、いつも丁寧に挨拶してくれる人だった。ビルに出入りする人の中には、受付など無視して、入館記帳すらしない人が多い中で、珍しく丁寧な人だった。しかし僕は次第に、そのお爺さんの丁寧な挨拶が鬱陶しくなってきて、無視をするようになっていった。
あの頃の僕は、いったい心が、どこを向いていたのだろうと思う。
今、僕は、本当に、生き直すことができるなら、その頃に戻って同じ受付に座り、配達に来たお爺さんに丁寧な挨拶を返し、来る度に一言でもいいから、愛のある言葉をかけたいと、焼け付くような気持ちで思うのだ。
人がこの世に生を受けたのは、人生を真の意味で楽しむことが一つ。そしてもう一つは、人に親切にすること。ことばを変えて言うなら、人に喜ばれる存在として生きること。この二つである。本当に大切なのは、この二つだけなのである。そのことを今年、僕は、小林正観さんから、斉藤一人さんから、そして五日市剛さんから、学んだ。
こうすべきだという教条ではなく、僕は今、魂で、本当に、人に喜ばれる存在になりたいと強く思っている。
もう、僕の前に、あのバイク便のお爺さんは来ない。
今、僕が優しい言葉をかけてあげられるのは、今の職場で出会う人である。だから僕は、今は、職場に行くのが楽しいし、生きているのが嬉しいのである。
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